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    「安さ」の意味       日本農業新聞 2009.9月22日


ニコラウス・ゲイハルター監督の「命の食べ方」という映画を観た。
牛・豚・鶏など、食物にされるために、生き物が処理されている様子をドキュメントした欧州の映画だ。
効率を優先して大量生産・大量消費されるために機械的に命が、「処理」されるシーンが映し出され、
命をつなぐために命をいただき、手を合わせ感謝するという、
かつて日本人には当たり前にあった道徳からみると、信じ難いものだった。

ただ 日本でも今、効率を重視して「安さ」が優先されることが多い。
確かに健全な経済原理の元、需要と供給のバランスで適正に価格が決まることは重要だ。
しかし、特に農作物において、自国で再生産できる経済性を何らかの形で保証していくことが、
その国で「命」を頂き、人間としての良心であり責任であるように思う。
えてして「安さ」を利用し物を売る人たちは、生産する側の苦労に目をつぶり、
なぜ安くできているかに意識的に無関心でいる。

青果物の流通でいえば 物流が優先され、市場を余計な流通経路と考える人たちの間では、
中抜きの対象になってしまっている。
だが、市場や小売、産地の担当者など、
そこには人が頼み、人が任せるという信頼関係があり、内容の評価機能がある。
人から人への物と情報の手渡しは、不合理の様に見えて、
実は、蛇行し肥沃な土地を育む川の流れの様に、
トータルでは非常に合理的でデリケートに出来ている様に思う。
安さが重視される中で、かつての「市場」の機能の再評価を唱えることは、
時代錯誤だろうか?

  

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